仙台棋界(将棋)史に詳しい方
亡父の師匠のお名前を。
亡父が習ったという将棋の先生のお名前を知りたく、
手がかりは、
*昭和25~30年頃仙台市内で将棋道場を開かれていた。
*当時普及に大道詰将棋の店をも出して将棋好きの人を集めていた。
*本人は塚田正夫の弟子でプロ五段と称していた。
*免状の申請が可能であった。
*昭和20年台後半になって、弟子の紹介で市内の大手企業の将棋部などの出張指導を始められた。
位しかわかりません。
御存知の方、よろしく御回答ください。
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>*本人は塚田正夫の弟子でプロ五段と称していた。
塚田正夫名誉十段(実力制第二代名人)
http://www.ne.jp/asahi/yaston/shogi/kishi_ichiran.htm
棋士番号11 塚田正夫
http://www.ne.jp/asahi/yaston/shogi/kojin/011_tsukada_masao.htm
の弟子は
棋士番号 65 宮坂幸男九段
http://www.ne.jp/asahi/yaston/shogi/kojin/065_miyasaka_yukio.htm
しかいないと思っていましたが…
宮坂幸男さんは
四段 は25歳 S30.1.10(奨励会規定)
とあり、昭和25年当時(当時20歳)は奨励会初段です。
(手元の将棋世界昭和25年11月号69ページ)
塚田正夫名誉十段は
1914/8/2生まれなので
昭和25年当時は36歳、30年当時は41歳ということになります。
引退棋士、指導棋士には見当たりませんし
物故棋士一覧 (1955年以降)
http://www.shogi.or.jp/player/bukko/index.html
にもいません。
普通は師匠より弟子が若い筈ですし、
昭和25年に九段戦(竜王戦の前身)
http://www.shogi.or.jp/kisen/shoumetsu/10-9.html
昭和26年に王将戦
http://www.shogi.or.jp/kisen/oushou/index.html
が始まっているので
昭和25年まででは順位戦しか棋戦がなく
昭和21年の第1期順位戦(当時塚田32歳)
http://www.ne.jp/asahi/yaston/shogi/juni/juni01.htm
から第4期までにいないということは
それ以前に引退していたということになります。
32歳より若して引退しているというのはちょっと考えにくいです。
また、大道詰将棋はプロは御法度で、基本的には除名されます。
大正末期から戦前の堀内宗善(元プロ五段)
戦後では元奨励会の加藤玄夫(初段か二段です)
くらいしかいません。
従って、戦前から昭和29年くらいまでは
非常に記録が乏しく断定はしませんが
プロではないと推定されます。
この当時のことを知っていそうな人は、
囲碁サロン「おおわし」
〒980-0811 仙台市青葉区一番町1丁目6-22
http://www.geocities.jp/itqfam/page3050803/page3ex.htm
経営の
大鷲 将人 さん
(アマ名人戦準優勝者)くらいしか思い当たりませんが
そのようなかなり年配に人に聞いても
覚えている確率は3割位だと思います。
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